映画、映画、映画

いちにちいっぽんえいがをみてなにかをかく(多分できない)ネタバレはあり。そうは言ってもただただ筋書きとか書いていったり細かく解説してとかそういうものではない。観た後に忘れないうちに急いで書くので誤字脱字はたいへん多い。近頃、寝る時間の関係上、映画が見れないこともある。

「殺したい女」

 

 監督:ジェリー・ザッカー、ジム・エイブラハムズ、デヴィッド・ザッカー

 1986年

 

 これは、伝説の映画「ケンタッキー・フライド・ムービー」から始まる、コメディ職人たちによる一連の映画作品の一つだ。

 下ネタ、皮肉が効いたジョーク、この映画でもそれは大いに味わえる。とはいえ、勘違いによって生まれる笑いが大半を占めているかもしれない。

 警察署所長を合わせれば、よつどもえになるのだろうが、それが簡単に書けるわけもない。原作があるにはあるが、多くのコメディシーンはそうではないだろう。

 

 特に書くことがないように感じる。というのも、この映画が良くできているからであって、文句をつけるわけにはいかないし、笑いのタネを説明するわけにもいかないのだ。ああ、確かに奇抜なスタイルがそこにはある。いかにも80年代というべきか。

 非の打ち所のない映画というのがある。それは、どこかで賞を取るような映画というわけではなく、単にその映画が作られた目的が十分に達成されていて、それでいて無駄もなく、不足もないということだ。そういった点で見れば、良くできた映画というのは非常に多く存在する。

 この映画のようにコメディで、リアリズムも重視しないスタイルだとそのハードルは、制作費の面から見ても低いと言える。「ケンタッキー・フライド・ムービー」もそうで、その次回作に当たる「フライングハイ」であっても、セットが安っぽかったりするが、それがどうしたという話なのである。そもそもがナンセンスな世界に対して、現実的な世界を求めるのは、これまたナンセンスとは言えないだろうか。

 

 こういう映画は、人に勧めやすいというか。大抵の人がが面白いと感じるようにできているので、まあ百聞は一見に如かずと言える。だからと言って、いつも感想を書いてる、文芸映画とか芸術寄りの作品を見なくていいと言っているわけではない。それぞれにそれぞれの使命があるのだ。