映画、映画、映画

いちにちいっぽんえいがをみてなにかをかく(多分できない)ネタバレはあり。そうは言ってもただただ筋書きとか書いていったり細かく解説してとかそういうものではない。観た後に忘れないうちに急いで書くので誤字脱字はたいへん多い。近頃、寝る時間の関係上、映画が見れないこともある。

「フリー・ファイヤー」

 

 監督:ベン・ウィートリー

 2017年

 

 大人向けアクションコメディの佳作といったところか。特に非があるわけでもなく、かといって別段に素晴らしいというわけでもない。タランティーノ的な犯罪映画をステディに仕上げたとでも言うのが良いかもしれない。

 実際、シチュエーションコメディとしては結構よくできていて、ミニマルな状況をうまく利用したそのストーリーは、娯楽作品として、キチンと作ってある。

 

 この映画でもまた、ジョン・デンヴァーの名前を見ることとなった。前回は「エイリアン コヴェナント」だ。そしてもっと遡れば、Falloutシリーズの新作のトレイラーだろう。

 では、カントリーミュージックの郷愁を誘うような明るさが一体なぜ、こうした映画でも使われたのか。これは、いわゆる対位法という技法によるものだ。ヨハン=セバスティアンが得意とした音楽の形式ではなく、映画音楽における演出法の1つとしての対位法だ。わかりやすい例を挙げると、最近新たなトレイラーが公開され、話題になっているエヴァンゲリオン、新劇場版シリーズにおいてもこれは重要なシーンでよく使われている。具体的に言えば、3号機をダミーシステムを使った初号機が無残にも破壊するシーンなどがそうだ。

 これが効果的なのは実際に見たことがあるのであれば、お分かりいただけるだろうが、映画やゲームにおいてあまりに多くの場面で目にするこの演出法はもはや陳腐とも感じてしまう。使うなら一回だけ、それも一番大切なシーンでと決めておくべきだと思う。時にはそんな安易とも言えるような演出に頼らずに物語と俳優の演技だけでやり通すのが、作家としての見せ所ではないだろうか。手軽に感動を生ませようとする意図を観客に気取られてはならない。それはとにかく自然であるべきなのだ。