映画、映画、映画

いちにちいっぽんえいがをみてなにかをかく(多分できない)ネタバレはあり。そうは言ってもただただ筋書きとか書いていったり細かく解説してとかそういうものではない。観た後に忘れないうちに急いで書くので誤字脱字はたいへん多い。近頃、寝る時間の関係上、映画が見れないこともある。

「ミッドナイト・スペシャル」

 

 監督:ジェフ・ニコルズ

 2016年

 

 豪華な俳優陣に、ワーナーピクチャーズによる配給。しかし、中身はカルト映画と言ってもいいような混沌とした代物なのである。マイケル・シャノンにキルスティン・ダンスと、さらにアダム・ドライヴァーまで、このような錚々たる顔ぶれでSFであるからにはきっとすごいものなんだろうと思うに違いない。だがそれは、良くも悪くも裏切られるのだ。

 映画を観始めてまずはじめに感じるのは、マーガレット・ミラーの「まるで天使のような」というミステリー小説にあるような、怪しげな新興宗教と対立してゆく物語が始まるのだろうかという予感だった。しかし、そんな予感は、子供が実際に超能力者であることから打ち破られてしまう。私は正直ここで、面食らったというか、このある種の裏切りはコメディなのではないかとも思った。

 こうして物語において、新興宗教自体がそれほど重要でなくなったとき、そこに残ったのは超能力があったためにあるべき幸せを築けなかった家族の物語と超能力の謎である。実際、これがメーンのテーマとして扱われてゆくことになるのだが、一方でFBIやNSAによる調査や新興宗教の男たちの追跡も描かれる。この点だけ見れば、「天空の城 ラピュタ」にもあるような、特別な力を持ったか弱い存在を色んな組織から守るというプロットであり、一見するとわかりやすい物語だと思われる。

 何よりも訳が分からなくなる原因は、多くのことが語られないところだ。説明的な描写は避けるなんて言われてはいるけれど、これは説明が極度に少ない。ぼんやりと、ああこいつは宇宙と関係があるんだとか、ああこの男は謎を解いたんだなとか思うしかない。それは、主人公の友人として彼を助ける男の視点と重なる。しかし、あくまでも彼視点の物語ではない。

 うーんつまり、映画「コクーン」にあるような宇宙に帰る話なの?と思うがそれも、どうやら違うような気もするのだ。断定することは難しいが、男の子は宇宙人ではなく、少なくとも地球に属する存在のようなのだ。じゃあ未来人?それとも別の次元の我々?と疑問に思うが、そのどちらでもあるのかもしれない。

 このぼんやりとした印象は、間違いなく狙って作られたものだ。家族として一緒に行動しているのを、いつも羨ましそうに、または寂しそうに眺める主人公の友人や、その陽気さがある意味場違いにも感じられるアダム・ドライヴァー演じる調査員、新興宗教から追い出されたものの強い未練がある哀れな男、少年を巡り様々な要素が描かれ、そして特に掘り下げられることなく壮大なエンディングを迎える。こうしたいわばダミーの的が我々に少年の正体以外のことにも目を向けさせる。100分強の長さで描くには多すぎるし、それが混沌とした印象を与える。十分に咀嚼する間を与えずに次の料理を口に詰め込むようなことをしているとも言える。

 しかし、こうしたカオスも、少年の謎めいた存在を際立たせ、そしてまた、映画自体を少年のような謎めいた印象のあるものに仕上げる装飾なのだろうと思った。

まったく、変な映画を見ちまった。ような、気が、する。

 

 結局、いい映画かと言われれば、悪くはないと言おう。ハーラン・エリスンとか好きならなおさらである。しかし、随分おかしな、ちぐはぐと言ったような印象を受けるのは間違いないし、連続ドラマ向けのアイデアだったんじゃないかという気もする。もし、すべてが意図されず偶然の演出だったとしたら、なんともくだらないことか。